長男が突然、紙の列車時刻表を電話に見立てて通話始めたのを見て、ジョジョの第五部のドッピオ思い出した。
「お友達の家に遊びに行きたい!」と一時間大泣きしたときのこと。少し前にひいた風邪で咳をこじらせていた長男。「まだ咳がでているので治ったらにしよう」「前に行きたいって言ってた公園行こうよ」と提案しても、まったく癇癪終わらず。「母ちゃん意地悪だ!」と泣き続ける。日曜朝一でヘビーだぜ。
そして「意地悪だね」で否定するのではなく
・なぜそういう行動をするのか?を聞く
・次男の気持ちも考えてみよう?
と長男の気持ちを尊重しつつ対話することが大事なんだろうな。
でもこれお互いの背景やシチュエーションは違えど、単純には「相手のやりたいことを実現してやらずに、別のことを提案する」ミニカーの件と同じ。
理解力の未発達な長男からすれば、母ちゃん意地悪、になってしまうのか。
ここでもやっぱり冷静に「教える」という工程が必要になるのだろう。
今朝、長男が次男の遊びたがっているミニカーをとりあげて「これは今修理中だからダメ!」(←べつに壊れていない)という言動をしていた。
よく次男がまさに今遊びたがっているおもちゃや、やろうとしていることを、何か言い訳をつけて邪魔することがある。
次男の今興味のないおもちゃを差し出して「こっちで遊びなよ!」と誘導することもある。当然次男は「いらない」ってなるよね。そうすると長男怒り出す。
意味不明で自己中で見ていてイライラしてきて「意地悪だね」って言ってしまって反省。
でも、ふと先日長男が癇癪を起した時のことを思い出した。
何か子供がやらかしても「怒る・叱る」ではなく「教える」へシフトする。
何度も同じことを冷静に言うのってこんなに大変なんだね。
イライラを我慢するのってこんなに苦しいんだ。
長男も負の気持ちを我慢できないのってこんな気分なのかな、と癇癪を起しているときの気持ちを想像できた。
そうして、親としてコミュニケーションの仕方を見直すことにした。
そうした厳しさによる親の支配・環境は、そのまま子供の外部へのコミュニケーション方法につながっているのではないだろうか。
子供は親の鏡。
主人のせいではない。見て見ぬふりをしていた自分、方針を投げていた自分、主人に何も言えなかった自分が招いた結果だ。
子育ての方針が夫婦で違うと子供が混乱すると思って、厳しすぎるのでは?と思いつつも黙ってみていた。そして、いつの間にか主人のコミュニケーションのやり方に影響されていた気がする。
・ダメなものはダメ!
・厳しく叱る
・子供が泣いても妥協しない etc...
家庭内での接し方について質問があった。
・家庭内の同居人数や環境
・厳しく叱る?
・手を上げる?
手を上げる人がいれば、自然と子供もそうなる。
厳しく叱るひとがいれば、同様。
主人は厳しく・怖く叱る。危険なことや周囲が困ることについては特に厳しい。長男は叱られると泣いて怖がる。
保育園の健康診断で担当した先生は近くの大きな総合病院の小児科の先生。身体的なことだけでなく、こころのケアや発達についても詳しい先生だった。
気持ちや怒りをコントロールできないことがある、時々弟に手を上げることも説明してみた。
先生の話などから、原因は本人にありそうだけれど、本人もどうにもできず、悲しい気持ちでいっぱいなのだ、と感じた。
・怒りっぽい(我慢ができない
・潤滑なコミュニケーション能力の低さ
・自己肯定感が低い
この辺の原因はなんだろう、と思っていたところへ
園に行き渋るようになったことから、周りとのコミュニケーションがうまくいってない状況が思ったよりも深刻なのかもしれない。と思うようになった。
本人に少し深堀して聞いてみた。
先生に怒られるから行きたくない
お友達からも僕のことほっておかれる、と
本人談でどこまで本当かはわからない
園の健康診断でかかりつけ医との面談できるチャンスがあった。
体は元気だから別に面談は必要ない、と思っていたが、こころの成長について相談しても良いらしいので、アンガーコントロールの部分について相談しようと思った
一旦続く…
#マルトリートメント
最近、園の担当の先生から、お友達とおもちゃの取り合いやコミュニケーションがうまくいかない時があって、泣いたり怒ったりして激高してしまうことがある。ちゃんと話ができずに、先生も叱ったりすることもある。という話を聞いていた。
そういうこともあるだろう、くらいに思っていたけれど
マルトリートメントについて考え始めたきっかけは、5歳の長男。
・怒りっぽい
・怒った時は話を聞けなくなるくらい激高することも
・僕なんていなくなってもいいんだね?と家出をほのめかす
・2歳の弟にすぐ手を上げる(手加減はする
・保育園に行き渋るようになった
・園での出来事を教えてくれない
最近、マルトリートメントについて考えている。
#マルトリートメント
コロナで地味につらいのが、発熱などの症状が治ったあとの後遺症。
倦怠感、やる気の喪失、過眠傾向など。
え、これうつの症状じゃん。
コロナ後遺症ならしばらくしたら良くなるだろうけど、しかもこんなの軽症なんだろうけど、病気としてうつの人って生きるの辛いんだな…って思う。
子供が野菜を食べないとか
ダイエットでキレイになるとか
資格やスキルを習得するとか
趣味を充実させるとか
先の達成感まで味わいたい。
明日死ぬじゃモチベあがらん。
むしろ破滅に向かう。
ジョブスは「もしも明日死ぬとしたら」という気持ちで日々過ごしていたというけど、もし明日死ぬならほとんどの事がどうでも良くなってしまわん?
「10年後に死ぬ」と考えた方が有意義に過ごせる気がする。限られた時間を仮定するならある程度長期的な方が頑張れる。
自己実現は自己愛
寝る前にコレだけ!◎秒で◾️㌕痩せる!みたいな運動方法を投稿している人のアカウントは、毎回違う運動方法投稿していて、結局「コレだけ!」ではない感が否めない。
肉と野菜食べなくないブラザーズ。
炒飯で刻んで混ぜ込んでも、キレイにご飯だけたいらげる。
その選別する細やかな技術と熱意スゲーな、って思う。
(全部食べて)
今週はじめ胃腸炎気味で不調だった次男。盛大に嘔吐したあとはスッキリ良くなってきた様子。長男も同じような感じで。
嘔吐処理したワタシ。
その後忍び寄る親の不調。
ワタシ寝込む。軽症の旦那氏がワンオペしてくれた。
子供元気で親不調の辛さよ。
肌断食の記録
とはいえところどころ季節のせいかカサつきは否めない
#肌断食
肌断食の記録
なんとなく、肌に丈夫さとぼかし感がある薄いベールがかかったような感じがする。正しい肌というか、守られてる感じ。透明感は角質をとってつくるものでなく、角質を育てることで厚みのある肌で生まれるものかもしれない。
#肌断食 #肌断食経過
ぷつりとなにか切れてしまいそう
怒るでもなく、ムカつくでもなく。
ただ、この人は私がどう思うかより、自分の好みの味の牛丼の方が大事なんだなと、呆然としていた、に近い。
その後もずっとその気持ちを引きずってて、ふてくされたような体になってる。
そんな、私がふてくされたところで何も思わないのかな、という点が悲しい。
毎日ご飯作る人の気持ちって蔑ろにされがちなのなんでなのかな。私も毎日ご飯を作ってくれた母の気持ちは当時は気に留めなかった。母になってありがたみを思う。
私がどんな気持ちでご飯を作っているのか、その味付けし直している旦那を見て何を思ったか、想像もしないのだろう。
